しおのゆの『ウチの王子☆サンパウロへ行く』

2011年3月末よりサンパウロ在住。この間まで現役で働き、家事なんて疎か極まりなかったこの私。そんな私が専業主婦になれるのか!しかも場所は地球の裏側サンパウロ!
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Porque você vale a pena ?~値切りの美学~

ブラジルにおける日本人検定

日本人だから(         )
問1
(  )に入る日本語を答えよ。


①日本人だからお金持ってる
②日本人だから襲われる
③日本人だからボッタクられる

問2
日本人であることをどう思いますか


①誇りに思う
②そこそこ自慢
③ありがたい


アタシは『日本人』だし
これからもそれは変わらない。
だからこそ『日本人』として思うことがあるから
これまた批判覚悟で書いてみようかと思う。

『海外でボッタクられた』
こんな話は古今東西よく聞く。

そして
『海外に行ったら必ず値切れ』
これもよく聞く。

そしていずれも理由は
『日本人だから』

『日本人』はお金を持っていそうに見られているから
必ずふっかけてきている。
だから値切らないと損をするのだ。
彼らの弁を借りるとそういうことらしい。
だからブラジルでは必ず
『desconto』
というのが基本らしい。

そんなご意見宇宙まで飛んでいけばいい

ブラジル人だから値切って当然!?
一体自分たちは何様なのだ!?

じゃあ敢えて聞くが
この季節(休暇時期)に旅行会社が設定している金額は
ボッタクリじゃないの?
『どうせこの時期しか行けないんだろ?
だったらこのくらい払えるよね?』
っていう旅行業界総出のボッタクリでしょ?
これを旅行代理店にまで行って値切る人はいないだろう。

ミシュ〇ンの星をもらったレストランで食事を終えて
サービスもお料理も十分満足しているのに
お会計時に
『おまけしてよ』
っていうお客を見たらアナタはどう思う?

『恥ずかしい
そう思うはずだろう。

でもブラジル人が市場やお土産屋で売っているものを値切るのと
海外旅行や高級料理を一緒にするのはおかしい
と、言われそうなもんだ。

じゃあ逆に問いたい。
形にならないものや
食べてなくなってしまうものに
沢山のお金をかけるのは何故ですか?

『その価値があるから』
byロ〇アル

自分が払うに値すると思えばいくらだって出すのであれば
それはゴッホの絵でも
路上のおじさんが描いた絵でも同じだろう。

自分たちの価値計算において
『これは割に合わない』
そう思うなら買わなきゃいいのだ。

もちろんあからさまにボッタクっているものは少なからずある。
だから聞くのは自由だが
割り引かないからって憤慨するのはお門違いだ。

もしボッタクリの店に当たったら
二度とその店で買わなければ良い。
経済学的に見ても彼らは目先の利益に囚われ
将来的な売り上げを失っていることになる。
いずれは損をするのだから後のことは気にするな。

価格を下げるというのは闇雲にやればどうなるのか。
『日本人なら』わかるだろう
今の日本経済の大いなる問題点
デフレスパイラルだ。
値下げというのは安易に行ってはいけない。
ブランドの価値も下げるし
最終的な収益も作業効率も落ちていく。
『日本人なら』知ってて当然だよね?

だからこそ値切らないのにはそれなりの理由がある。
その作物が実るまでにかけた手塩と時間。
描いた作品に込められた想い。
支えている家族。
それら全てがそこにはあるのだ。

そして彼らの所得は今値切ろうとしているアナタの何倍あるのだろう?

そんな彼らから10レアル20レアル値切れたから何だというのだ。
買ったものに込められた想いや思い出よりも
思い出すのは10レアル程度の現金のことぐらいだ。
そんなチンケなマネーゲームでデキた海外旅行者ぶらないで欲しい。
それこそ『日本人として』恥ずかしい。

そしてどうしてボッタクられるのか。

それはそこに信頼関係がないからだ。

この人にはウチの店を利用してもらう価値がない。
二度と来ないでもらって結構だから
とりあえず稼がせてもらおう。
そう思われているからボッタクられるし
値下げもしてもらえないのだ。

アタシはいつも市場に行くと同じお店で買う。
もともとそのおじさんやおばさんのお店のお肉や果物、野菜がとても美味しかったから。

周りのお店と比較して
必ずしも安いときばかりとは限らない。
でも美味しいのだから
多少の超過(と言っても5レアル程度)があっても十分満足だ。

そして値切る代わりに世間話をし
風邪を引いたと言えばミカンを一つ余計にくれたり
フェスタをやると言えばお肉を家まで届けてくれたり。
かけている金額を超えた想いを頂いている。

それが偉いともすごいとも言わない。
でも自分の買ったミカン12個5レアルのなかで生活している人達が
風邪を引いたアタシのために1つをタダでくれる。
それがどれだけの『価値』があるか。

そして
自分たちの収入に置き換えたとき
それが出来るだろうか?

それはしてあげる『価値』がある人にしか出来ないと思う。

値切るのは簡単だ。
ゲームに勝って満足だろう。

でもその後ろで
二度と来るなと思われていたら
もうきっと値切って貰えるどころか
『日本人』が来ただけでお店を閉められるだろう。
それがアナタの思う『価値』ならば致し方ないが…

何故『日本人がお金を持っている』と言われるのか。
それは先人達の尊い功績のおかげである。
だからこそ
そのときお財布に100円しかなかろうと
『日本人であること』を誇りに思っていて欲しいし
見失わないで欲しいなと思う。

今一度考えて欲しい。
『価値がある』から買うのではないか?
この人にまた来て欲しいと思われるような『価値』が自分にはあるのかどうか。


美味しいミカン一つに満足できる人生も悪くないよ。



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